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ナマステ、DMMアカデミー

こんにちは!!
DMMアカデミー1期生、山崎大地です!!!
動きながら考える22歳、
猪突猛進、目の前のことに突っ込んでいくタイプです!!

高校を卒業してからインドの大学に通っていました!

僕は今、DMMの戦略パートナシップ部(Strategic Partnership)通称SP部に所属させてもらい、毎日ビシバシしごかれてます!!

SP部のみなさん

さて、僕がなぜDMMアカデミーに入ったのか。

それは遡ること5ヶ月前ー
友人からの一通のメッセージがきっかけでした。

メッセージをくれた彼は高校時代、同じサッカー部で仲良くなった友達でした。思えば、DMMアカデミーへの道は高校生の頃から続いていたのかもしれません。

 

 


 

 

当時、僕は本気でプロサッカー選手になりたいと思ってました。

サッカーは僕の全てでした。

周りには奇異な目で見られても、誰よりも残って練習し、誰よりも食事に気を使い、誰よりも体を鍛えていたし、自転車で学校に通う35分間でさえ、自分が世界のクラブでプレーすることをイメージしてました。

 

人差し指です。

けれど、世の中そう甘くなく、高校では公式戦スタメンはおろか、ベンチに入ることすら一度もできませんでした。というか、一番下のチームで辛酸をなめ続けました。チームも全国へは届かず、あっという間に三年が経ち、引退。気付けば、高校三年の秋。周りは、大学進学の話題一色に。そして自分もいつのまにか、周りに流され受験勉強をする始末。

ただただ悔しかった。

大人になるって、一つ一つ、自分の夢や、やりたいことを諦めていく作業なのか?心にぽっかりと穴が空きました。

そんな中、次の夢への手がかりを見つけました。それがインドでした。何か他の人と違うことをやりたい。サッカーと違う分野で成功したい。

反骨精神

この時僕の中にあったのはそれだけでした。ひょんなことから、見つけたインドの大学への進学の道。それを知った次の日にはもう、インドの大学に行くことを決断してました。それは12月、センター試験の1ヶ月前でした。

 


 

 

インドに来た

 

インドは日本とは全く違う異次元の場所。

 

信号は守らない、物乞いが交差点ごとにいる、道路に住んでいる家族がたくさん。買い物するとき、交渉は当たり前。鶏肉を買いに行ったら、その場でニワトリを殺して捌いてました。

 

大学では、アフガニスタン人の友達や、イエメン人の友達、たくさんのインド人の友達ができました。サッカーは僕のコミュニケーションツールになりました。

彼らが生きてきた世界は僕が生きて育ってきた世界とはまるで違ってました。

仲が良かったアフガニスタン人の友達は、2001年から始まったアフガニスタン戦争で家族を亡くし、孤児院で育ち、一人勉強に励み奨学金を勝ち取りインドに来てました。

英語を勉強しにインド留学してたイエメンの友達に彼の家族が今紛争に巻き込まれ、思い悩んでいることを打ち明けられました。

はたまた一方で、裕福でアメリカ、フランス、イタリア等色んな国に留学し25歳で大学を5つも出ている優秀なインド人にも出逢いました。

 


 

 

旅をしたときにも色んな出逢いに恵まれました。
友達の友達の弟さんの結婚式のために行った、小さな田舎の村では、電気、ガス、携帯などの物はないけども家族で楽しそうに生きてる人たちがいました。

一緒に踊りました。

両足が潰され、歩けず、台車に乗っていつも同じところで物乞いをしてるおじちゃん、「自分の人生に夢や希望なんてない、ただただ1日を生きるので精一杯」と語る建設現場の横に住んでいる労働者の若者。

 

そんな色んな出会いの中で感じたことがあります。

 

僕は遠くへ歩いていける足があり、不自由なく、恵まれた環境に生まれ育ち、自分の希望するように自由に生き方を選べること。それは、めったにないありがたい、仕合わせであるということです。

 

同時に、自分の人生の役割や、生きる上での使命感を感じ、自分自身がどう生きるべきか真剣に考えさせられました。

 

 


 

その中で決めたことが二つあります。

一つ目、幸せに生きること。
どんなに嫌なことがあろうと、辛いことがあろうと、周りへの、生きていることへの感謝を忘れず、楽しく幸せに生きること。

二つ目、善であること。
生きていることが許されている間に、自分自身の限られた力を最大限に発揮し、善き人でありたい。誰か困っている人がいたら助けたいと思い続ける人でありたいし、そっと手を差し伸べられる優しい人間でいたいということ。

 

今まで多くの人に助けられ生きてきました。
特にインドでは、ひとりでは、誰かの助けなしには生きてはこれませんでした。プネーにいる日本人の方々、インドでの友達や困ってるとき見知らぬインド人たち多くの人に助けられ、僕のインドでの生活を素晴らしいものにしてくれました。本当に感謝してもしきれません。

 

まずは身近な友達へ何か出来ることをしようと思いました。
自分のいた町、プネーはインド内で日本語教育がもっとも盛んで、3,000人もの日本語学習者がいました。けれども彼らは実際に日本語を話す機会がないということで、インド人日本語学習者と日本人コミュニティを繋げるための会を作ってみました。

活動を続けていくうちに、より多くの人に何か出来るようになりたいという気持ちが大きくなっていきました。

 

多くの人に自分に人生の気づきを与えてくれた国インドにもっと多くの人に来てもらいたい、またその国に何か恩返しがしたいです。

 

 


 

 

そんな想いで、自分の可能性をより広げられそうな場所DMMアカデミーに辿り着きました。

 

今後はDMMアカデミーで自分の可能性を広げ、インドと日本が繋がる何かを仕掛けていければと思ってます。そしてまたいつかインドに戻り、あの混沌とした素敵な場所で生きていきたいです。

 

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ちなみに、僕にDMMアカデミーを紹介してくれた友達は
いまどうしているのかというと…

DMMアカデミー生として一緒に活動しています

 

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