ドッペルゲンガー。

こんにちは。

秋田生まれ、青森育ち、20歳。

アカデミーの山本健佑です。

 

同じ顔が二人いる世界

僕は双子の兄です。


左:僕、右:弟                 左:弟、右:僕

弟とは喧嘩の毎日だった。

お風呂に入る順番で喧嘩、二段ベッドの上下どちらで寝るかで喧嘩、欲しい服が被って喧嘩…

小学生の時、父親の仕事の都合で学校を転校した。

転校した学校では、同じ顔がいるとめずらしがられ、休み時間に他のクラスの生徒が集まってきた。

学年で発表する劇では、双子を使った瞬間移動マジックを頼まれたりもした。

双子だから色々なことで周りから比較されることもある。

双子なんてうんざりだった。

そんな弟は、中学2年生のときとても厳しい父親と大喧嘩して家を出て行った。

それ以来、弟は家に帰って来ない。

正直、心の中ではいなくなってせいせいした。

弟は中学校に頻繁に遅刻するようになった。

高校は退学していた…

 

ビジネス

毎日喧嘩していた弟がいなくなり、いつしか僕は寂しさを感じていた。

弟と頻繁に連絡をとるようになった。

家を出て、学校へも行っていない弟となにかやろうと考えた。

二人で輸入ビジネスを始めた。

とても安くモノが生産されている中国から安いモノを輸入し、
日本で売るというビジネスを始めた。

素人の僕たちは、当然うまくいかなかった。

どんなモノが需要あるのか、どんな商品説明をしたら売れるのかなどを考え、工夫した。

基本的に自分が欲しいモノや、興味のあるモノを買い付け、販売した。

商品への理解度が高まり、その結果かなりの売り上げを上げることができた。

10代で大金を手にすることができた僕たちは、ひたすら欲しいものを買った。

なんとも言えない優越感だった。

街を歩いている全ての人に勝ったような気分。

まさに社会的欲求を満たしたときだったと思う。


稼いだお金で買いました。

輸入ビジネスを合計で1年近く続けたが、僕たちはこのビジネスの楽しさを失ってしまっていた。

輸入して販売する、ただの作業になっていた。

正直つまらなくなっていた。

お互いにビジネスを辞めてしまおうと心の中で考えていたと思う。

二人で話し合い、ビジネスを辞めた。

生き別れた二人のいま

僕は高校を卒業し、東京の地下鉄に就職。

電気部という部署で列車の信号・通信関係の仕事を行った。

仕事には満足していたが、
僕は、またビジネスを自分でやりたいという思いがあり、
会社を辞めてアカデミーに入学。

アカデミーでは、新規事業を立ち上げる際になにが必要なのかを学ぶために、
経営企画室の新規事業の調査案件をやらせてもらいながら、勉強。

弟は、一度土木関係の仕事を経験したが、
もう一度勉強したいと言い、偏差値37の高校を中退した頭をフル回転させ、

今年の四月、青山学院大学に合格。
(自称ビリギャルならぬビリ男)

今は経済の勉強をしながら、
Webメディア運営を行っているスタートアップでインターン。

現在は、また二人で中国との輸入ビジネスを行なっていた時の課題を解決するために、
中国との越境ECビジネスとマーケティング関連のビジネスを立ち上げようと検討中…

最後に

僕は弟が家出するまで、弟が嫌いだった。

でも今はめちゃくちゃ仲が良い。

服の貸し借りもするし、パンツの貸し借りまですることもある。(笑)

結局人間は大事なものは失ってから気付くものなんだと思う。

僕は弟の家出がきっかけで弟という大切な存在に気付くことができた。

今は双子だから得していることもある。

弟の知り合いは僕の知り合い、僕の知り合いは弟の知り合い。

顔が同じだから、二倍で人脈が広がる

同じ顔が二人いる世界も悪くない、

いや、むしろ最高に楽しい人生になりそうだ。

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1 comment on “ドッペルゲンガー。

  1. 結局人間は大事なものは失ってから気付くものなんだと思う。

    そうだとすれば、なくされてた「弟さんとの関係」が修復されて、「今は大満足?」と読めてしまったりしますが、この解釈は正しいですか?

    そこを起点に、再出発なのかなぁ?
    ちょー応援します!!(^^)/(^^)/

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